究極の美男美女

甚だ唐突ではあるが「究極の美男美女」なるものを考えてみた。
有史以前からのテーマなのは、ヴィーナスを例えるまでもない。

色々調べてみると、明確なことは同時代の人ということだけで、
それ以外は、芸能人が多いものの職業や国籍も十人十色である。

ここで生物学的に考えてみると、近年は恋愛遺伝子と呼ばれる、
HLA異性の好みに影響を及ぼす可能性が指摘されているが、
遺伝子の一致度が高いと「心地よい」、低いと「欲しい」らしい。

哺乳動物にある「ヤコブソン器官」が人間では機能しないため、
嗅覚ばかりでなく、視覚も重要な要素としてあげられるだろう。

こうなると「究極」の定義、つまり誰から見てなのかが問題で、
同性からみれば「心地よい」異性から見れば「欲しい」になる。

同性に限定して話を進めると、より多くの人に似ている姿とは、
人類の最大公約数に近い、菩薩やギリシャ神のような姿になる。

一方、異性に限定して話を進めると、誰とも似ていない姿とは、
最低限人類の姿をしていながら、特徴的な見た目が必要になる。

ここで、男性から見た女性という馴染み深い話に敢えて進むと、
日本男性は「清楚」「羞恥」を表す女性の表情に興奮を覚えて、
白人男性は「野性」「欲望」を表す女性の表情に興奮するらしい。

ただ、日本男児たる いっぷく は、金髪女性が肌も露にして、
唇を四角く開く表情は、どうにもフレーメン反応に見えてしまう。
あ、そんな下世話な話を書きたかったんじゃなかったんだっけ。

いっぷく
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by nekoyasiki_ippuku | 2004-10-13 20:28 | 喜怒哀楽


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