祈り 

新居のある土地とは、ほとんど一目惚れというか運命の出会いであった。
毎週のようにかよってはご近所と話をしたり、雨の日や夜中のみならず、
夜明けの太陽の位置や、通勤時間帯の道路や駅の混みぐあいを確かめた。

細い十字路の角にあたり、旧家2軒と鶏小屋とに囲まれた静かな土地で、
車もほとんど通らず、オルカ を飼うにはほぼ最高の環境なのであった。

何より気にしていた旧家のご家族のお人柄も、実にすばらしい皆さんで、
中でも、隣家のご主人は、怪しい中年男女に暖かい言葉を掛けてくれた。

見慣れぬ我々の車に駆け寄ってきて、興味深げに眺めている子供たちに、
「ほら。○○と●●(下の名前)おじさんとおばさんにコンニチハは?」
と声を掛けた。二人の子供は、ご主人のお孫さんだと後になって知った。

新居の裏には、我々とほぼ同時期に入居した新しい家が数軒あるものの、
ご主人の家の若旦那と同じ世代なので、ご近所の父のような存在であり、
なぜだか年嵩の我々を高く評価して下さり、格別に懇意にして下さった。

新居の庭の草取りをしていれば、庭から鬼灯や菊や紫蘭を分けて下さり、
まさに オルカ を埋葬しようとしている時も、優しく慰めて下さった。
ご主人の奥さまも良いかたで、10年後ああなりたいねと二人で話した。


毎週火曜日は まてちゃ の病院の日で、午後は雑用消化に充てている。
先日も、午後から結婚式の準備の品物を買い物に出かけようとしていた。
昼食を終え、さて支度しよう、と思っていたところへピンポンがなった。

またセールスか、と まてちゃ が応対に出ようとつと立ったところへ、
隣の奥さまが玄関を開けて駆け込んできて、ひどく取り乱しておられる。
一瞬、奥さま と まてちゃ の緊迫した一言ふた言が交わされている。

一体何事かと飛び出してみると、まてちゃ が「早く降ろして」と叫ぶ。
事態が呑み込めないまま、奥さまの後について隣の家の中へと駆け込む。
ご挨拶もせず玄関を抜け廊下を進んだ先、屋根裏から階段が降りている。

折り畳み式の階段を昇って上に上がると、ご主人の背中がこちらを向き、
顔を見上げると、梁に巻いたテーブルタップがその首に食い込んでいる。
頭の中が切り替わった。火事場の何トカで持ち上げるが電線はとれない。

奥さまに鋏を、まてちゃ に119を頼み、持ち上げたまま電線を切る。
しっかり食い込んでいるため、1本切ってもダメなので、2本めを切る。 

後ろ手に縛った手は氷のように冷たく脈もないが、何とか床に横たえる。
わずかに膝が硬いせいでうつ伏せになってしまったため、仰向けにする。
頭も冷たいものの胸はまだ温かいので、すぐに心臓マッサージを始める。

119OKと まてちゃ の声がし、救急車の誘導と110通報を頼む。
奥さまは泣きながら「おとうさん」と繰り返し、頭と手をさすっている。

眠っているようだし気道は通じているものの、脈はふれない。ダメかも。
どやどやと救急隊が来た。AEDはフラット。とにかく病院へ搬送する。
まてちゃ の声がする。奥さまが息子さんの電話番号のありかを教える。

警察が来た。刑事が来るまで居間で待機。駆けつけた息子が身内へ電話。
やがて病院から死亡確認のため誰か来いと連絡が入る。言葉にならない。

さんざん足止めされたあげく、死体の絵が下手な刑事に状況を説明する。
開放された時にはもう夕方だった。何も知らないお孫さんが不憫である。

疲れて興奮した いっぷく に まてちゃ がコーヒーを淹れてくれる。
「・・生きて行こうね」「何があってもね」「一緒にいよう」と話した。

明日はいよいよドレス姿の写真を撮りに行く。天国と地獄のストライプ。
故人のご冥福を祈るのみだが大丈夫。 オルカ が出迎えてくれたはず。
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by nekoyasiki_ippuku | 2008-02-19 23:38 | 喜怒哀楽 | Comments(2)
Commented at 2008-02-23 07:31
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by nekoyasiki_ippuku at 2008-02-23 10:58

>鍵さん

いざという時お互いに頼れる伴侶でありたいと願っているものの、
オイラは「のび太くん」タイプなので、ある意味しぶといです。
多少のストレスなんかはウエストまわりに吸収してしまいます。
そーかー。最近また成長しているのは「ふとレス」なのかも?。



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