ロック編その5

いつも楽しみに拝見しているARCさんのブログへ、トラックバックのお返しをします。
いっぷく が一括りにロックとして書いた中の一つ「プログレッシブ・ロック」について、
せっかくの良い機会ですので、もう少し掘り下げてあれこれ書いてみることにします。

何でも聞きまくっていたのは前にも書いたとおりですが、プログレッシブ・ロックでは、
ブライアン・イーノからタンジェリン・ドリームまで、日本では富田勲から深町純まで、
ちょうど楽器としてのシンセサイザーの進歩を追うように、どっぷりハマっていました。

当時はコンピュータでフーリエ変換(正弦波を重畳して波形を合成する演算)しても、
速度が遅いために楽器としては使い物にならず、TTLロジックで分周した矩形波に、
LCRでフィルターを掛けて音色を作っていたために、とんでもなく高価な楽器でした。
いっぷく も自作に挑戦したのですが、和音は出ず、いつもどこか断線していたため、
仕方なく、手を触れると鳴り出す電子サイレンに改造して、防犯用に使っていました。

YES久々の新曲「Owner of a Lonely Heart」がヒットした時は、苦笑しました。
なにしろ当時ときたら、コンクリート打ちっぱなしの高い天井からBOSEを吊り下げ、
作り物と見まがうような観葉植物を置いた「カフェ・バー」が全盛のバブル最盛期で、
出勤前にプールへ行き、分厚いシステム手帳にはクレジットカードがババヌキ状態、
プログレのストイックな前衛的実験の志は今いづこ、受け狙いに走りやがったな、と。

YESこそ「Fragile(邦題:こわれもの)」や「Close to the Edge(邦題:危機)」など、
著名な名盤を残し、17拍子や31拍子の曲に挑戦するなどまさにプログレの雄でした。
KING CRIMSON も有名なプログレ・バンドで、赤鬼・青鬼と呼ばれた初期2作品は、
ボーカルにファズをかけたり、ブラス・セッションを取り入れたり、やはり前衛的でした。
タンジェリン・ドリームに至ってはメロディを捨てて、夜中に聞くと青い星が見えました。

さて、最初に書いた深町純とは「カルメン・マキ&OZ」の「私は風」のソロを弾いた人で、
どちらかといえば「空へ」のほうがすきなのですが、脱退後も色々な曲を書いています。
純国産ロックバンドでは、内田裕也率いる「フラワー・トラヴェリン・バンド」が大好きで、
中でも「メイク・アップ」という曲は、もし聴く機会があればぜひお聴き下さい。名曲です。
ボーカルは、映画の古いほうの「人間の証明のテーマ」を歌っていたジョー山中でした。


・・・・・つづく


いっぷく
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by nekoyasiki_ippuku | 2005-07-28 00:27 | メディア


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