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古い話  (^^_ 。・

古い話で申し訳ないが、 いっぷく がまだ若かった頃の電車の話である。

JR各社は、その前身の日本国有鉄道で、三公社五現業の花形であった。
首都圏の鉄道網は国電と呼ばれ、国鉄に対して私鉄という言葉もあった。
民営化直後、国電をE電、私鉄を民鉄と呼んだが、今はほとんど聞かない。

大蔵省が設置した専売局は、専売公社になり、民営化されてJTになったが、
国鉄は、 帝国鉄道府、内閣鉄道院、鉄道省、運輸通信省、運輸省 を経て、
ようやく日本国有鉄道となり、三公社の分割民営化により、JR各社になった。

いっぷく が子供の頃のお年寄りは、「院電」とか「省線」などと呼んでいたが、
平地面積の少ない日本の国土は、道路網より鉄道網の整備が重要課題で、
ヒト・モノ・カネと情報の流通手段を拡大することは、国策として必要だった。

国家の鉄道事業に従事する国鉄の職員は、政治家・公務員に次ぐ地位で、
国鉄の駅長や助役など、田舎町では町会議員と肩を並べる名士であった。
だが、学生運動の活動家が就職し、ストライキや労組結成などを行なった。

前置きが長くなってしまったが、本題は、4人が向かい合うボックスシート。

今ではほとんど見かけないが、窓のすぐ下には台形のテーブルがあった。
裏側にはセンヌキがあって、テーブルより下の位置には灰皿がついていた。
当時の中長距離列車では、車内での喫煙や飲酒はごく当たりまえであって、
そのために、車内にテーブルや灰皿が作りつけで用意されていたのである。

その灰皿であるが、上方向にクチの開いた箱を、壁につけたような構造で、
JNRのマークがついており、クチの部分には180度回転するフタがあった。
JNRとは、日本国有鉄道の英語表記 Japan National Railroad の略。
ちなみに専売は Japan Monopoly Corporation 。JMC と略していた。

またセンヌキは実に使いにくく、窓ごしに駅弁売りから買ったバャリースなど、
王冠があけられなくて、結局そのまま持って帰ってから飲んだ記憶がある。
しかし、プラスチックの四角い急須の形をした熱いお茶を買ったときなどは、
急須の取っ手がわりのヒモを、このセンヌキに引っ掛けてブラ下げたりした。

缶ジュースもあったが、プルトップでなく、鉄の小さなセンヌキがついていて、
幼い子供が誤ってクチに含みケガをしたといって、我が家では不評であった。
だが いっぷく は、ラムネのビー玉を舌で取ろうとして、舌先を切ったりした。

何を書きたかったか解らなくなってしまったが、古き良き時代の記憶である。
by nekoyasiki_ippuku | 2006-09-16 22:02 | 乗り物


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